藍川さん、人間になる

必死に女子大生に擬態している藍川が、いろいろ考えたことを話すブログです。

藍川二十歳、生まれて初めてピンクのコートを買う。

 

ピンクの服をなんのてらいもなく着ることができるのは、生粋のお姫様育ちの女の子だと思う。少なくとも、藍川はお姫様ではない。

 

ことの始まりは2017年の秋だった。

ツイッターで「サブカル系の文学部女子がよく着てる枯れ草色やドブ色のコートは、ピンクやホワイトのコートより本当に可愛いと思ってるの?」という内容のツイートを見た。茶色のコートを着ていた藍川は「当たり前じゃん!」とそのツイートに憤ったが、そのツイートはいつまでも頭から離れなかった。

 

茶色やグレーのコートのことは、もちろん可愛いと思っている。でも、買い物に行ったとき、白やピンクの洋服はなぜか試着しない。それはどうして?

 

藍川にとってこの問題はかなり根が深い。

藍川は小学校入学時から身長が130cmあり、クラスの中でかなり大柄だった。入学後順調に身長は伸び続け、小学校卒業間際には160cm近くあった。160cmが入るカワイイ女児服などなく、藍川はユニクロやおばちゃんの着るようなレディースの服ばかり着ていた。

しかも顔の形が長丸で、よく言えば大人っぽい顔立ち、悪く言えば老け顔だった。さらには思春期ニキビが始まったのは周囲より早い小学五年生。たとえ160cmの女児服があっても、それは絶望的に似合わなかった。

 

このころから藍川は自分は一般的な女の子にはなれないんだなぁとやさぐれ始める。自分は学年一のブスだと思い込む。母親に「なんでこんなブスに生んだの!」と八つ当たりする。いまから思えば典型的な思春期の症状である。

 

藍川の思い込みを裏付けたのは、中学校の同級生だった。地元では荒れていることで有名な中学校だった。クラスではリーダー格の男子によるいじめが横行していた。もちろん「ブス」ということも言われた。

隣のクラスのオシャレな女の子とトイレですれ違って、クスクス笑われることもあった。これらの原因は藍川が外見に無頓着なだけでなく、性格の卑屈さも一因なのだが、当時の藍川は「私が学年一の美少女だったらこんなに辛い思いをすることはなかった」と思っていた。

 

中学一年生から高校入学まで、藍川が人間の女としての市民権を得るまでに涙ぐましい(笑)努力があるのだが、今回は割愛する。

そんなこんなで世界一のブスだと思い込んでいた藍川は、もちろんピンクや白なんてカワイイ服は着なかった。着たら似合わなさで死ぬ。

 

大学に進学した藍川は、初めてお化粧を覚えた。藍川十八歳、顔面を塗装する楽しさを知る。地元のイオンでしか服を買ったことがなかった藍川は、四条河原町オーパや梅田のルクアで服を買うことを覚えた。

 

大学進学の時点で、藍川は「私べつに世界一のブスではなくね?」と思うようになっていた。年齢はようやく老け顔に追いついた。

身長は164cmで止まった。私の大好きな波留ちゃんだってこじはるだって164cmだ。藍川は「164cm、もしかして大抵の服は似合うんじゃね?」と思い始めた。ロングスカートだってタイトスカートだって理想の丈で履くことができる。サロペットを着たってパジャマにならない。

 

それでもまだピンクの服は着ることができなかった。やっぱりピンクは低身長で甘い顔立ちのお姫様みたいな女の子のものだと思っていた。

私はベージュが好きだし、ベージュが似合う。ピンク?まあカワイイけど、着なくてもいいかな。

 

そこで冒頭のツイートを見かけた。藍川は思った。「じゃあピンクのコートを着て、私が茶色のコートがピンクのコートよりもカワイイと思っていることを証明してやるよ!」

 

オーパにたどり着いた藍川は、普段絶対に入らないふわふわ甘々な女の子のためのお店に入った。そして店員さんに言う。

「コートを探しているんですけど……」

藍川は“ピンクの”コートと言えなかったのは藍川の敗北である。「ピンク」と口に出すのも恥ずかしいのである。中学生かよ。ってね!

 

このお店のコートのカラーバリエーションにピンクがあるのは計算済みである。店員さんは予想通り、藍川の前にピンクとグレーとベージュのコートを並べた。

「これ、羽織ってみてもいいですか……?」

藍川は恐る恐るピンクのコートを指さした。

いい匂いのするビジンなお姉さんが、藍川にコートを着せてくれる。このお姉さんは生まれながらのお姫様なんだろうか。

 

「とってもお似合いですよ!」 

 

藍川に向かってお姉さんは言う。まあ褒めるのが仕事だしな、と藍川は思った。鏡の前に連れていかれて、藍川は初めて全身を見た。

 

ベージュがかった薄いピンクのコートは、絶望的に、完膚なきまでに、涙が出るくらい似合わないわけではなかった。むしろちょっと、似合ってるくらいだった。(多分)

「藍川、もしかしてかわいい?」なんて現金にも思った。

藍川はそのコートを購入した。家に帰ってタグを切って、袖を通したとき、なんともいえない高揚感があった。

 

生まれて初めて、ピンクのコートを買っちゃった。

 

ワクワク感と同時に、悲しさが胸に迫って来た。小中学生のときの思い出のせいで、十年近くピンクや白のものは似合わないと決めつけていた。多くの機会を試しもしないまま諦めてきた。思い返せば、幼稚園のときはピンクを好きだった。小学校の入学式の服だってピンクを着ていた。

 

女児、やり直したいなあ。

 

 

 

たくさんの人が「似あう服より着たい服を来たほうがいい!」という。藍川はずっと、そんな人たちのことを心の中でバカにしてきた。「着たい服より似合う服を着たほうが平穏に生きれるに決まってるじゃん」

 

その気持ちは今でも変わらない。好きだけど似合わない服を着て「ブス」と言われて傷ついた小中時代の苦しみは消えない。誰にでも彼にでも「絶対に好きな服を着るべき!」と言うのは、無責任だと思ってしまう。

でも、きっと、好きな服を似合わせる方法なんてきっといくらでもある。

藍川にピンクのコートを着せてくれたお姉さんだって、もしかしたら紆余曲折の末に今のファッションにたどり着いた歴戦の猛者かもしれない。

 

誤解しないでもらいたいけど、私は今までグレーやベージュを我慢して着ていたわけではない。「本当はピンクが好きだけど、ピンクは似合わないからベージュを着るの……」と思っていたわけではない。

 

ベージュのお洋服も好き。これからはピンクのお洋服も好き。自分で勝手に選択肢を狭めていただけで、もっと着れる服はたくさんあるのかもしれない。

 

今の藍川の夢はラフォーレ原宿に行くことである。ロリィタもゆめかわいいも履修したい。暖かくなったらパステルカラーを着たいな。ピンクのコートを着た藍川は無敵だ。夢はどこまでも広がっていく。